日本には約3000か所の温泉地があり、源泉の数は約2万7000か所。世界有数の温泉大国だ。日本書紀には天皇の温泉行幸が記録され、聖徳太子・豊臣秀吉・夏目漱石も温泉を愛した。なぜ日本人はこれほど長く、深く、温泉にはまり続けるのか。古代人が「神湯」と呼んだものを、現代科学は「深部体温の調節」と「副交感神経の活性化」という言葉で説明する。
なぞ太温泉って気持ちいいのはわかるけど、科学的に何かいいことあるの?それとも単なる気分の問題?



気分だけじゃない。深部体温・自律神経・睡眠の質——温泉の効果は脳科学・生理学でかなり解明されてきている。でもまず、なぜ日本にこれほど温泉文化が根付いたのかを歴史から追うと面白い。
白鷺が傷を癒した湯——日本三古湯と1300年の歴史
日本の温泉利用の記録は少なくとも1300年前に遡る。古代の人々は温泉を「神湯」「薬湯」と呼び、神聖な存在として崇めた。
白鷺が傷を癒した——日本最古の温泉伝説
道後温泉の起源として伝わる最も有名な話が「白鷺伝説」だ。脛に傷を負った一羽の白鷺が岩間から噴き出す温泉に毎日浸かり、傷が完全に癒えて飛び去った——これを見た人々が入浴するようになったとされる。道後温泉は3000年以上の歴史を持つとも言われ、日本書紀・源氏物語・万葉集など数多くの文献に登場する。「伊予国風土記」には、大国主命(おおくにぬしのみこと)が重病の少彦名命(すくなひこなのみこと)を道後温泉の湯で温めたところ回復したという神話も残る。
天皇が86日間逗留——「日本書紀」に記録された名湯
有馬温泉は日本書紀の「舒明記」に記録が残る。631年、舒明天皇が9月から12月まで86日間滞在したとある。孝徳天皇も647年に82日間滞在した記録がある。天皇の温泉行幸は通常の行幸より長期に及んだとされており、湯治目的だったと考えられている。有馬温泉の湯は海水が地下でフィリピン海プレートに沿って600万年以上かけて移動し、地表に湧き出たものとされる——地球のスケールを感じる名湯だ。
聖徳太子の来浴——「神湯」から「薬湯」へ
聖徳太子は推古天皇4年(596年)に道後温泉へ行幸し、碑を立てたと伝えられる。奈良時代から平安時代にかけて温泉は「神湯」「薬湯」とも呼ばれ、清少納言の「枕草子」にも有馬温泉が「出湯」として登場。平安時代には有馬温泉が「天下三大名湯」の一つとして評価されていた。
秀吉、9度通った有馬の湯
戦国の覇者・豊臣秀吉は有馬温泉に9度も訪れた大の温泉好きで知られる。正室ねねの別邸も有馬に構え、石田三成や千利休を招いて「大茶会」を催したとも伝えられる。1596年の地震で壊滅した有馬を秀吉が「湯山御殿」を築いて復興しようとしたが、完成を待たずして没した——温泉への深い愛着が感じられるエピソードだ。
庶民の温泉へ——湯治文化の花開き
江戸時代に入ると、それまで貴族・武士・僧侶のものだった温泉が庶民にも広まった。温泉地は湯治の場であると同時に、人々が交流する娯楽・社交の場となった。室町時代には「湯文」と呼ばれる湯治指南書も各地に広まり、温泉の効能や適切な湯治の方法が経験則として体系化されていった。
「坊っちゃん」と道後温泉——文学が温泉を全国に広める
夏目漱石は道後温泉本館完成の翌年、愛媛県尋常中学校の英語教師として松山に赴任し、約1年間滞在。道後温泉にも足繁く通い、その体験をもとに小説「坊っちゃん」を執筆。同作は大ベストセラーとなり、道後温泉の名が全国に広まるきっかけとなった。
古代人はなぜ正しかったのか——温泉の生理学



「神湯」「薬湯」って言ってたけど、現代科学では何が起きてるの?



面白いのは、古代人の「身体の痛みが治る・疲れが取れる・よく眠れる」という経験則が、現代科学で全部説明できるということだ。キーワードは「深部体温」と「自律神経」だ。
お風呂上がりに眠くなるのは、偶然じゃない
湯から上がった後、体がじんわりと熱をもちながらだんだん落ち着いていく感覚がある。あの「ゆっくり冷めていく感じ」が、実は眠りへの準備になっているらしい。入浴で体の芯まで温まったあと、熱が逃げていくタイミングに眠気が来るのだという。「温泉に入るとよく眠れる」というのは昔からよく言われることだが、それが体温の仕組みで説明できると知ってから、入浴のタイミングを意識するようになった。就寝の少し前ではなく、寝る1〜2時間前に入るのがいいらしい。試してみたら、確かに寝つきが変わった気がしている。
熱すぎる湯は、実は逆効果だった
温泉でつい長く入ってしまうのに、熱い湯だとかえって疲れることがある。あれは気のせいではなく、温度によって体の反応が変わるからだ。ぬるめの湯でゆっくり浸かるほうが体がほぐれていく感覚があるのに対して、熱い湯は出た後にどこかぴりっとした覚醒感が残る。「昔の日本の温泉はぬるかった」という話を聞いたことがあるが、経験則として理にかなっていたのだと思う。リラックスしたいなら、ぬるめで長く——これが正解らしい。
温泉に入るとよく眠れるという経験は多くの人が持っているが、それを科学的に検証しようとしている研究者がいる。睡眠薬に頼らない方法として温泉に注目しているという話を知ったとき、「そういう視点があるのか」と思った。薬ではなく、湯で眠れるようになるなら、それに越したことはない。研究がどこまで進むか、個人的にも気になっている。
出典:秋田大学 Lab Interview「上村准教授 温泉と睡眠の研究」
泉質によって、肌の感触がこんなに違う
温泉地をいくつか巡ると、湯の感触がまるで違うことに気づく。硫黄の香りが漂うもの、鉄さびのような色のもの、するすると肌が滑らかになるもの——同じ「温泉」でも、こんなに種類があるのかと最初は驚いた。泉質によって皮膚への作用が異なり、効能にも違いがあるとされている。ただ「どの泉質が絶対にいい」というより、自分の体や肌に合う湯を見つける楽しさのほうが大きい気がしている。個人差があるので、過剰な期待より「試してみる」くらいの気持ちがちょうどいい。
約2万7000本
日本の源泉数。世界有数の温泉大国(環境省 令和4年度調査)
39℃
副交感神経を優位にしリラックス効果を高めるとされる適温(バスクリン研究)
1.5〜2時間前
就寝前の入浴で睡眠の質を高めるのに最適とされる時間(九州大学共同研究)
科学的に正しい温泉・入浴の楽しみ方——3つのポイント



じゃあ温泉や入浴を最大限に活かすには、どうすればいいの?



タイミング・温度・時間——この3つを意識するだけで効果がかなり変わる。
寝る直前に入浴すると、体が温まったまま布団に入ることになる。それよりも少し前に入って、湯上がりの余熱が落ち着いてから眠るほうが、すっと眠りに入れる感覚がある。「温泉宿でよく眠れる」のは非日常のせいだと思っていたが、入浴のタイミングも関係していたのかもしれない。試してみると、寝つきが変わることが多い。
熱い湯に短く入るより、ぬるめの湯でじっくり浸かるほうが体がほぐれる感じがする。熱すぎると出た後にかえって体が緊張している感覚があって、リラックスとは少し違う。ぬるめで長めというのは、正直最初は物足りない気がしたけれど、慣れると「このくらいがちょうどいい」になってきた。半身浴も、長く入れて温まりやすいのでおすすめだ。
温泉でのぼせたことが一度ある。気持ちよくてつい長く入ってしまい、出た後にくらっとした。それ以来、入浴前にコップ一杯の水を飲む習慣をつけた。特に温泉地では長湯しがちなので、こまめに休憩して水分を補給するほうがいい。「もう少し入りたい」と思うくらいで出るのが、体にも気持ち的にもちょうどいい切り上げどきだと思っている。
高血圧・心臓病・糖尿病などの持病がある方は、入浴前に医師に相談することをおすすめします。また飲酒後・食後すぐの入浴はリスクが高まります。
温泉・入浴のコツ&やりがちNG
- 就寝1.5〜2時間前に入浴——深部体温の下降と入眠タイミングを合わせる
- 38〜40℃のぬるめで長めに浸かる——副交感神経優位を保つ
- 入浴前後にコップ1〜2杯の水を飲む——脱水予防
- 温泉地では異なる泉質を試す——泉質の違いを楽しむのも温泉文化
- 42℃以上の熱い湯に長時間——交感神経が興奮し逆にリラックスできない
- 飲酒後すぐに入浴——血管拡張と脱水が重なりリスクが高い
- 朝一番の温泉で長湯——血圧の急激な変化(ヒートショック)に注意
- 「温泉に入れば何でも治る」と過信——補助的な効果であり医療の代替ではない
よくある疑問
市販の入浴剤でも温泉と同じ効果があるの?
温熱効果(深部体温の上昇・副交感神経の活性化)という点では、入浴剤を使っても湯温や入浴時間が同じなら基本的な効果は得られる。ただし温泉特有の泉質成分(鉄分・硫黄・炭酸ガスなど)を本格的に再現したものは少なく、温泉地の開放感や非日常感というストレス軽減効果は家庭浴では得にくい。「温泉気分の入浴剤」は気分転換としての価値は十分にある。
温泉は毎日入ってもいいの?
適度な入浴は毎日行っても問題ない。ただし泉質が強い温泉(硫黄泉・酸性泉など)の長期連続入浴は皮膚への刺激になる場合があり、特に敏感肌の人は注意が必要だ。古来の「湯治」では1〜2週間の滞在が基本とされ、最初の数日は「湯あたり」(一時的な体調不良)が起きることもある。体の反応を見ながら無理せず入ることが大切だ。
日本にはなぜこれほど温泉が多いの?
日本列島は環太平洋火山帯に位置し、4枚のプレートが複雑に交わる世界有数の火山地帯だ。マグマで熱せられた地下水が地表に湧き出る仕組みが日本列島全体に張り巡らされており、これが約2万7000か所もの源泉を生んでいる。有馬温泉の「金泉」はフィリピン海プレートに引き込まれた海水が600万年以上かけて地表に出てきたもの——地球規模の営みが日本の温泉文化を支えている。
温泉と銭湯・家風呂の違いは?
法律上、温泉法(1948年制定)で定義される「温泉」は、地中から湧出する水で一定の温度(25℃以上)または特定の成分を含むものとされる。銭湯・家風呂は水道水を沸かしたものであり、温泉成分は含まない。ただし前述のとおり、温熱効果という点では湯温と入浴時間が同じなら銭湯・家風呂でも基本的な効果は得られる。
自宅で温泉気分を高める
温泉地に行けない日でも、入浴剤・入浴グッズで温熱効果とリラックス効果を高めることができる。就寝前の入浴習慣を整えるためのアイテムを揃えてみよう。温泉成分配合の入浴剤・バスソルト・半身浴用のグッズなど、自宅での入浴体験を豊かにするアイテムが揃っています。38〜40℃で10〜15分を習慣にするところから始めてみましょう。



聖徳太子も秀吉も漱石も温泉に来てたって、日本人のDNAに温泉が刻まれてる感じがするね。



古代人が「神湯」と呼んで崇めたものを、現代科学は「深部体温の調節」と「副交感神経の活性化」と呼ぶ。言葉は変わっても、湯が体と心を整えることは変わらない。謎を知ることが、最初の一歩になる。
まとめ
1300年以上の記録が残る日本の温泉文化は、現代科学によってその効果が少しずつ解明されてきた。古代人が経験として知っていたことが、生理学の言葉で語られる時代になった。
- 日本の温泉利用の記録は少なくとも1300年前に遡る。道後・有馬・白浜を「日本三古湯」と呼び、天皇・聖徳太子・豊臣秀吉・夏目漱石らも愛した。
- 古代人が「神湯」「薬湯」と呼んだ効果は、現代科学で「深部体温の調節」と「自律神経の活性化」として説明できる。
- ノーリツ×九州大学の研究(2023年)では、就寝1.5〜2時間前の入浴が睡眠の質向上に効果があることが示された。
- 38〜40℃のぬるめの湯が副交感神経を優位にしリラックスを促す。42℃以上では交感神経が興奮しやすくなる(バスクリン研究)。
- 有馬温泉の「金泉」はフィリピン海プレートに引き込まれた海水が600万年以上かけて地表に出たもの——地球規模の営みが日本の温泉文化を支えている。
- 就寝1.5〜2時間前・38〜40℃・入浴前後の水分補給が科学的に正しい入浴の3原則。
1300年間、日本人が湯に浸かり続けた理由は「気持ちいいから」だけではなかった。体が覚えていた知恵を、科学が言葉にしつつある。謎を知ることが、最初の一歩になる。
【参考文献・出典】
- 日本温泉協会「温泉の歴史(古代)奈良時代〜平安時代」spa.or.jp
- 国立国会図書館「本の万華鏡 第23回 本から広がる温泉の世界」ndl.go.jp
- 有馬温泉公式サイト「有馬の歴史」arima-onsen.com
- 道後温泉公式サイト「道後温泉の歴史・泉質・風情」dogo.jp
- ニフティ温泉「日本の温泉の歴史はいつから?」onsen.nifty.com
- 株式会社ノーリツ×九州大学「入浴による深部体温の上昇度の違いが睡眠潜時や睡眠の質におよぼす影響が明らかに」2023年9月15日プレスリリース
- 株式会社バスクリン「入浴-温熱 研究領域」bathclin.co.jp
- 秋田大学 Lab Interview「上村准教授 温泉と睡眠の研究」akita-u.ac.jp
- NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター「眠り、リズムと健康②」ncnp.go.jp
- Discover Japan「有馬温泉 日本書紀にも記された600万年以上の歴史を持つ名湯」


